2013年4月10日水曜日

潔白

ブージの街から北に向かって少し車を走らせると、荒漠たる原野が広がり、不釣合いに整然とした道路は、真っ直ぐに伸びて、陽炎は、地平線でその道を溶かし、天と地の境は曖昧に白くぼやけていた。

"White Desert"。インドの西の端、パキスタンとの国境付近に、真っ白く広がる塩の大地があると聞いたとき、僕は予定していた旅のルートを修正した。もともと行き当たりばったりで立てていたプランだったから、躊躇いはなかった。「いま一番行きたいと思った場所へ行く」ことが旅であり、そしてそれができるのが自由なのだ。そしてその二つが今の僕だ。

White Desertまであと30kmばかりという所で、entry feeを払う。そこをすぎると生命の気配は消え去り、静かで、険しい星だった。自然現象の何もかもが、その凶暴さを遺憾無く発揮し、地表を荒らしていた。

進むにつれて、段々大地に塩の痕が、不規則な模様となって現れた。まるで地球が汗をかいているようだ。
車は駐車場らしき空き地に止まり、ここから先は歩くように言われた。
少し歩けば、大きな、宝石にも似た塩の結晶がゴロゴロ落ちていた。しかし泥も混じっていて、White Desertという感じではなかった。
訪れる時期を誤ったのだろうか。
一抹の不安を抱えながらも、さらに歩みを進めると、見えてきたのだ。真っ白な大地が。



そしてその域に足を踏み入れたとき、その白は僕の頭までも侵し、僕は本当に無能だった。何も僕から表現できずに、ひたすら地球ばかりに見せつけられた。

白い大地と、青い空。ここを描写するにはそれだけで十分だった。こんなにもシンプルで、明快なものを、今までの人生で見たことがなかった。
僕がどんなに足掻こうと、叫ぼうと、世界は嘲笑うかのように、僕を捕らえた。

地上に吹く風が、完全に吹いていた。唯一僕だけがそれを遮る場所をつくっていた。太陽が狂ったように照り、塩は輝きを帯びてそれを跳ね返し、僕の眉間を痛みつけた。そこから逃れる術もまた、僕自身が地面に与えている影のみだった。

灼熱に絞り出された僕の汗は、瞬く間に風に奪われ、無限の塩の中へ消化されていく。White Desertは僕を食べ、僕はそれに無抵抗だった。



僕は蟻のように小さく、塵のように無力だったけれど、こわくはなかった。
僕は、まるで産まれたばかりの赤ん坊の如く、きれいだったと思う。

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